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「虹が10分も見えていたら、もう見る人はいなくなるだろう 。」 とはゲーテの言葉です。 先週の火曜日、牧師会に出席の為出かけていたロスアンジェルスで、雨上がりの夕方二重の虹がかかりました。この日、ロスアンジェルス市内は久しぶりの雨でした。以前テネシーにおいて、NashvilleからMurfreesboroに向かう途中に見た二重の虹は、地平線からはっきり弧を描いていたので、初めて見たこともあり非常に印象に残っていました。 二重の虹はその虹どうしの色が鏡像の関係にあって、主虹が紫、青、緑、黄、橙、赤ときたら、もう片方の副虹は赤、橙、黄、緑、青、紫となっています。今回の旅では飛行中行きも帰りも雲の絨毯の上でしたので、その時々に変わる雲の模様にも感嘆していました。雲の柱や契約の虹というように、雲も虹も神様の守りと契約を思わせてくれるのでとても感謝でした。そういえば、虹に限らず雲間から光が差し込む道筋も「天使の階段」と言われるそうです。 さて、英語で虹は「rainbow」といいます。これは「rain(雨)」と「bow(弓)」の合成語でrainbowとは「雨の後に出来た弓なりのモノ」という意味です。又「bow」には「体を弓形にする⇒おじぎする」という意味もあります。この虹は、空中に浮かんでいる多くの雨粒(水滴)に太陽光が当たり、その内部で屈折と反射をする事によって生じるものです。私は、虹を見ると心が暖かくなります。皆さんはどんな思いで虹を見られますか。
漢字が生まれた中国で、古代中国人は虹を竜か蛇のような長虫と考えたそうです。ですから虹という漢字は、そのことの名残のようです。そう考えるとこの漢字のつくりも納得できます。 日本のこどもは「虹は何色」と聞けば、ほとんどの子が「7色」と答えます。逆に「7色」といえば「虹」を連想するほど、虹と7色の結びつきは堅いですよね。しかし、実際に虹が出たのを見た時に、確かに虹の色は7色あることを確かめた人は以外と少ないのではないでしょうか。実際に数えたとしても、普通で3色、よくても5、6色までがせいぜいで、7色まで見分けられることはなかなかできないでしょう。見えたとしても、それは7色という知識があるためにそのように見えるのだと思います。今回の虹も5色ぐらいしか判りませんでした。 ところで、昔、イスラエルの民はこの虹を見たときに、神の契約のしるしだと受け止ました。「創世記」にノアの記事が出てきますが、その時代、あまりに人々の悪が地を覆ったので、神は人間の悪を憤って裁かれました。大水と大雨を送って地上の生き物をすべて絶やされたのです。そのときに神の前に正しく歩んだノアとその家族、そして神が指示して導かれた動物だけが箱船の中に入れられて救われました。水が引いた後でノアが神を礼拝した時、神は空に虹を見せて契約の言葉を与えられました。それは「わたしはもう二度と大水によって地上の生き物を滅ぼすことはしない」と言うものでした。ですから、イスラエルの民にとっては、いま人間が水によって覆い尽くされずに乾いた土地に生きていられるのは、神の契約が実現しているからだと自覚したのです。そのしるしとして雨の後には虹が出るのであって、これは神の約束の確かさのしるしだと理解したのです。このように神の言葉の永遠性に出会った魂は、虹を見てもそこに神の永遠を見ることができました。 「こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。」(第一コリント13章13節a) とは新約聖書のことばですが、虹は「希望の虹」とでもいいましょうか。私にとっての虹は、神の永遠の契約と希望のしるしです。 さらに神は仰せられた。「わたしとあなたがた、およびあなたがたといっしょにいるすべての生き物との間に、わたしが代々永遠にわたって結ぶ契約のしるしは、これである。 |