|
昨日、雪で延期された愛餐会が教会で持たれた。ここ数日寒さが厳しい。この季節には鍋は心も体も暖めてくれる。主の家族と、キムチ鍋、水炊き、シーフード鍋を囲んだ。いつもお腹一杯食べてもらえるかと心配するが足らなくなることはない。 帰りに日本語集会の部屋の戸締りをして車に乗ったが、なかなかエンジンがかからない。バッテリーは十分電気を蓄えている。1回、2回、3回、いつもなら4回目には大抵かかる。それがいくらやってもかからない。そんな時D夫妻が遠方の駐車場より歩いて現れ、「先生、車のエンジンがかからないのです。バッテリーをつないでくださいますか。」といって来られた。幸い、最近、教会のB姉妹が車のエンジンが自宅でかからなくなり、様子を見に行ったことが何度かあったのでケーブルを車に積んでいた。その後もなかなかエンジンがかからない。10回目を過ぎた頃、家内が「お父さん、祈ったら。」と一言。そうだと直ぐに「主よ。エンジンがかかりますように助けてください。」と祈ると直ぐにエンジンがかかった。 「最初から祈っていれば良かった。」 こんなことでも、主は聞いてくださる。この時主は,イエス様を信じたばかりのS君の為に単純な信仰の祈りに答えてくださった。信仰の弱い不信仰な者の祈りを聞いてくださった。いつもなら4回目ではエンジンがかかるので、駐車場を出て帰路についている頃だった。それがエンジンがかからなかった事で遅くまで駐車場に残り、D夫妻の車を動かすことに役立ててくださった。 「感謝!感謝!主よ、この為でしたか。」 ところで昨年の夏にさかのぼるが、夏の修養会の後、宣教地のリサーチにアッシュビルまで出かけていた。その帰りに40号線のチャペルヒルの近くでベルトが切れた。エンジンの温度が急激に上がりだした。「道路が工事中で狭く、車が多い。ここで止まると厄介なことになる。」とすぐさま判断して加速したまま、クラッチを切って何とかインターステイトから抜けた。ここで信号待ち。車の温度は見る見る上昇した。最寄の出口にはなかなかスタンドは見つからなかった。道が下り坂だったので、その勢いで何とか走り、近くのガソリンスタンドの駐車場にたどり着いた。パーキングに車を止めたとたんボンネットから蒸気が噴き出した。 すでに主の救いの手は伸びていた。後でわかったことだがベルトだけではなくガソリンタンクにもひびが入っていた。ひとつ間違えば漏れたガソリンに引火して爆発を起こしたかも知れなかった。 この時はさすがにエンジンを焼いてしまってだめかな〜と思った車だったが、修理を経てまた一緒に走ってくれている。どれだけの人を乗せて走ったことだろう。もうすぐ走行距離が20万マイル(32万キロ)になろうとしている。本当にお世話になった車。いつも家内の祈りによって送り出され、アメリカでの多くの年月を共に歩んでくれた。家内も私も妙に愛着がある。10年の間にはさすがに幾多の故障もあったがいつも難を逃れた。この車のお陰で多くの親切にも出会った。主が祈りの中で必要を与えて下さった車である。 今日もそんな愛車が役に立った。晴れ晴れと心が満たされて家路についた。 「主のなさることは時にかなって美しい。」ことを実感した日でした。神様ありがとう。 |