先日、アメリカ人の友人に日本語のレッスンをしていた時に、瞳の色の話になりました。

わたしたち東洋人の瞳の色は、たいてい茶色だったり黒ですね。時々灰色の人や、うすい黄色のような茶色の人もいます。白人の人には、灰色や青色、緑の瞳を持った人がいます。世界中には様々な瞳の色を持った人々がいます。

友人の奥さんは瞳の色が緑と青で変わるそうです。悲しいときや涙が出ているときは深い緑色、嬉しい時などは青色へと。不思議ですね。

では、なぜ人によって瞳の色が違うのでしょうか。

その理由は、「虹彩(こうさい)」といわれる部分の色にあります。私たちの目には、目に入ってくる光の量を調節する役割を持っている部分があり、この部分を「虹彩」といい、「虹彩」の色を一般的に瞳の色と呼んでいます。

虹彩の色は「メラニン色素」の量によって異なります。このメラニン色素は、目以外にも肌の表面や髪の毛にも多く存在し、太陽光線に含まれる有害な紫外線などから私たちを守ってくれている大切な色素です。そして、虹彩内のメラニン色素の量は風土、民族などによって異なります。太陽光の強い国では紫外線の吸収を防止するために、虹彩内にメラニン色素が大量に蓄積され黒色や茶褐色の瞳になり、反対に太陽光線が弱く日光の照射率が低い国では虹彩内のメラニン色素の量が少なく、茶色や青色の瞳になるといわれています。

そういえば、私の日本の北海道にいる友人は、目の色が黄色がかった茶色で、とても魅力的でした。白人の人たちもヨーロッパが主な出身地で、北に行くほど灰色、緑色、青色の人が多いように思います。

メラニンはその色素の量によって光の感じ方が異なるようで青い目と黒い目で比較すると、メラニン色素の少ない青目のほうが眩しく感じるそうです。私たち日本人はファッションとしてサングラスをかけることが多いですが、青い目の欧米人にとっては必需品なのです。ですから、多くのアメリカ人が夏はほとんどを、外出の時サングラスを着用するのは、メラニンの量が少なく、強い光線に弱い瞳だからなのでした。

ところで旧約聖書の詩篇に次のようなことばがあります。詩篇の17篇8節です。

「私を、ひとみのように見守り、御翼の陰に私をかくまってください。」[新改訳]

「瞳のようにわたしを守り/あなたの翼の陰に隠してください。」[新共同訳]

ほんとうに人間の体って不思議です。

ひとみは、人の体のうちだは、ごく小さな器官なのですが、まぶたや、まつげがあり、目はいつも涙で潤されていて、実に良く守られています。目にごみが入っても涙があふれ出てそのごみを流しだしてくれます。

神様は、この小さな期間を守られるような、小さな人間に過ぎない私たちを守ってくださる方なのです。わたしたちは、体のどんな部分でも神様の愛を感じることが出来るよう創られています。

モーセの歌の一節である申命記32章10節には、

「主は荒野で、獣のほえる荒地で彼を見つけ、これをいだき、世話をして、ご自分のひとみのように、これを守られた。」[新改訳]

「主は荒れ野で彼を見いだし/獣のほえる不毛の地でこれを見つけ/これを囲い、いたわり/御自分のひとみのように守られた。」[新共同訳] とあります。
あなたの瞳が守られ、あなたは見ることが出来るように、神様はあなたが見えるようにと心の瞳もお与えくださいます。神様を求めてみませんか。聖書の神は求めるものには喜んで与えてくださるお方です。